色々な人たちに話を聞いていこうということで【第2回】あなたの旅の想い出ライブ今回のゲストは高校の時の同級生です。同じ野球部で苦楽を共にして同じ釜の飯を食べました。僕が海外に行くことを考え出したきっかけの一つは彼でした。高校生の時、僕は海外に行くという選択肢はなかったですが、彼はアメリカに野球留学をする選択をしました。そんな彼のアメリカ留学エピソードを聞いていきます!動画はこちらアメリカ留学の理由──なんでアメリカの大学に行こうと思ったの?功貴:そもそもは進学する気がなくて親に反対されるために「アメリカ行って野球する」って言ったら、それが案外サクッと通っちゃって。トライアウト受けてどうせダメだろうなと思ったら、3つぐらい受かってしまった。。それで行く羽目になったっていうのが正直なところ。本当は行きたくなかった。Arashi:え。。それは知らなかったぞ…笑トライアウト──トライアウトで3つ受かった中で、どういう風に大学を選んだ?功貴:どうせ行くなら野球が一番強くて、日本人が少ないところに行こうと思って選んだら、行ったら日本人めっちゃ多かった。笑野球部には日本人は1人で、韓国人も1人いたみたいな感じでほぼ英語だった。Arashi:そうなんだ。野球で大学入っても勉強(学力)は必要でしょ?功貴:成績が悪いとベンチに入れないから学力は必要だった。高校の時は英語は赤点(30点以下)だったからゼロの状態でアメリカに行ったって感じかな。最近は話してないけど、文章読めたり、映画は英語で見れるくらいにはなったよ!Arashi:おぉ、すごい!どのくらいの期間で英語がわかるようになってきたの?功貴:ホームステイの期間で4ヶ月ぐらいで何となくわかるくらいにはなった。ただ、単語でしか返せなかったから会話を続かなかった。そこから少しずつ喋れるようになってきた。──留学初日から英語で授業されるんだよね?功貴:うん。とりあえず、授業聞いて何となくノート取って、授業後に先生とのことに行って足りないところをノート写して、部屋で自分で勉強する。Arashi:勉強では翻訳とか使うの?功貴:翻訳はほぼ使ってない。英和辞典を持って行ってたからそれを使ってた。たぶん、当時は名詞・動詞とかは出てきてなくてただ翻訳されるだけだったからそれだと書けないし喋れないから辞書引いてた。アメリカでの驚いた体験──アメリカで一番驚いたことは?功貴:車かな。日本だと赤信号だと停まらなきゃいけないけど、アメリカでは左折の時は赤信号でも「車が来てなかったら行っていい」ってルールがある。右折はダメだけど、左折はOK。日本の感覚で運転してたらクラクション鳴らされるから初めてホームステイのお母さんの車乗った時は死ぬかと思った。笑Arashi:そもそも法律が違うもんね、日本人からしたらただの信号無視だね笑そもそもそんな法律あるのか?と思いましたが、あるっぽいです(こちら)ただ、NGなところもあるようなので注意が必要!同級生とこんな形で話せるのは新鮮で楽しかったです!異国の地で不安もありながらも語学を習得してたのはただただ尊敬です。これから留学する人たちは、同じように未知な経験や地道な勉強をしていくことになると思いますが、少しでも参考になってくれたら嬉しいなと思っています!